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カタルーニャに自由を!(1)

 投稿者:まっぺん  投稿日:2017年11月 6日(月)15時54分43秒
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  この間、私が編集局員として書いてる新聞に2度記事を載せました。1度目は以下。

スペイン・カタルーニャ州政府が独立を問う住民投票を実施
圧倒的多数が独立に賛成

10月1日に実施されたスペイン東部カタルーニャ州の独立をめざす住民投票をめぐってカタルーニャ州とスペイン政府の対立が急激に進んでいる。

■カタルーニャ「処分」の歴史

 カタルーニャの歴史は古く、987年のカタルーニャ君主国にさかのぼる。これは1479年に建国されたスペイン王国より500年も古い。その後、フランス・スペイン戦争、スペイン継承戦争などを経てスペインの支配下となり、1716年には「新国家基本法」により自治権をはく奪され、カタルーニャ語が禁止されるに至った。20世紀に入るとスペイン内戦後のフランコ統治下ではカタルーニャ語はもちろん、カタルーニャ愛国主義と結びつくあらゆる思想や活動までが禁止されるに至った。
 カタルーニャに自治が戻ってくるのはフランコ死後のことになる。1977年9月11日には100万人のデモが行われ、78年、カタルーニャ語はカスティーリャ語(スペイン語)とともにカタルーニャの公用語となった。79年にはカタルーニャ自治憲章が制定され、自治州となった。

■未来を決めるのは私たちだ

 2006年、さらに自治権の拡大を求めて住民投票が行われ、74%の圧倒的多数で新たなカタルーニャ自治憲章が制定された。その後も右派国民党などによる妨害工作に対抗して自治運動が拡大し、「未来を決めるのは私たちだ」をスローガンとして大規模なデモが呼びかけられるようになった。
 2010年には110万人がデモに決起し、これが独立運動の出発点となった。2012年には独立支持派が飛躍的に拡大し、9月11日の「カタルーニャ国民の日」には150万人のデモが行われた。この年、カタルーニャ州議会選挙では独立賛成派の3つの政党が87議席(議席総数の3分の2)となり、この年のデモの参加者数は160万人、14年には180万人となった。
 1日に実施された投票の投票率は42%あまりにとどまったが、これは警察が介入し、投票箱を持ち去るなどの妨害をしたからである。これに抗議するゼネストが労組や商店、学校、病院などにひろがった。また警察の妨害にもかかわらず、全州に設置された2300の投票箱の約7割は無事だった。開票結果は200万票対18万票で、圧倒的な数の投票者が「独立賛成」に投票した。これを踏まえて、プチデモン州首相は9日に開催されるカタルーニャ州議会の承認を経て独立宣言を行なうと語ったが、スペイン憲法裁判所は5日、州議会本会議招集の差し止めを命令した。
 スペイン政府はこの投票を「憲法違反」として独立を認めない構えだ。再びカタルーニャの自治権をはく奪しようとするスペイン政府に正義はない。
 
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