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> No.5832[元記事へ]
> どうやらよく伝わんなかったようですね。誰もメットで登場するとは言ってない状況
> で、主催者の側から事前に規制していたお話です。状況に応じて皆さん自主規制して
> いた90年代にあった、化石のような思い込みのなせる業だったようです。
> それから『集団でどどどって』なんて夢のような、ありえない停滞状況でのお話です
> よ。
申し訳ないm(_/_)m
80年代の原発からはじまる「自主規制」が、結果的に原発運動内でその後も制動につながっていったのは見ています。
例えば80年代後半の原発の集会での革マルなどの例もあった。他党派のどこもかぶってないなかったのに全学連の旗とともにかぶってきて、その主催者の「規制」に革マルの30代が猛烈に食ってかかってたことは、多くのひとが見ています。そういう場合は「大人になりなさいよ」って思いました。
やっぱ主催者のそういう「規制」「制動」は理由含めて具体的にかつ詳細に書くべきだと思います。
静共闘のサカナ青メットは懐かしいね。明治公園のあのときオレは「これだけの大集会でひとりやふたりくらいメットかぶっててもいいでしょ」という言い方でかばった。同じ枠でその後、オレは主催者に自己批判することになるが、きっかけは特定のグループに対する権力の介入だった(これは後に詳細に書きます)。ちなみにその後の同枠では中核派も同じような自己批判をするにいたる。
その後の宮下からの、比較的小規模な集会でも主催者内でも不信に思って聞いてくるひとはいたが、説明したら誰も文句はいわなかった。逆にほほえましくみていた。ただしオレは山女魚さんたちを後方にするとか隊列内の調整をはかった。
なんでも相互の意思疎通の問題だと思うんですよね。状況把握とともに。
今、サウンドデモにメットでくる人はいますが問題になりません。
でも問題になるとことも出てくる。地方にもよる。
この議論が深まることを期待します。
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